2007年09月09日

『遊遊さかな大図鑑』(中坊徹次監修 小西英人著・編)5500円

sakana0709.jpg
クリックすると拡大

 まずはこの図鑑、扉に「釣り人のための」とある。それは本当に「釣り人のためなのか?」、いやそんなに単純ではないらしい。

 先週のこと沼津魚市場にナガユメタチモドキが揚がった。それを老練な仲買人である。菊地利雄さんが特急便で送ってくれた。
『遊遊さかな大図鑑』を監修した、中坊徹次さん編の『日本産 魚類検索 全種の同定』でやっとナガユメタチモドキに辿り着き
「菊地さん、種類がわかりました」
 と言うと途端に
「ナガユメタチモドキっていうんでしょ。私も調べられました。魚大図鑑でしたっけ、すぐわかりましたよ。ハハハ……」
 なんだかうれしそうなのだ。ということで沼津魚市場では「仲買のための」となっている事実を書いておきたい。
 また別に魚のプロや釣り人でなくてもこれほど便利な魚類図鑑は少ないだろう。今、魚のことを知りたい人、魚初心者はけっして「釣り人のための」の文字を気にしないように。

 その内、我が家でも本図鑑を開ける機会が多くなってきた。例えばニジョウサバ、ヤマブキハタなど、検索図鑑の図版では色合いがつかめないときには、そく『遊遊さかな大図鑑』の登場となる。なかにはイスズミ科、メジナ科など検索の難しい魚種に関して画像での検索もついているのが凄い。間違いなくこの2科に関しては以後どれだけお世話になるかわかったもんじゃない。まったく小西さんに「ありがとうね。ありがとうね」とお礼を申し上げながら検索することにもなりそうだ。

 さてさて、その検索も出来る、写真も美しい図鑑であるが、ところどころに小西英人さんの遊びが見つかる。第一、ハードカバーを開いて最初に登場するのがデカイヒラマサでもカッポレでもなくハオコゼというのが憎い。次にはオオスジイシモチだ。ともに釣り人が釣りたくない魚の5本の指には入るものたち。「釣り人のための」だけど、にくったらしいのや、困った魚も邪険にはしないよ。もしくは「釣り人よ、外道もおんなし(同じ)魚じゃーねーか」なんてせりふがフーテンの寅さんの言い回しで聞こえてくる。

 いかん、長文になりすぎてしまう。結論としては検索のためにも、また写真を楽しむ上でも、当然のごとく文章まで楽しめるので素晴らしい図鑑であるのだ。

本の満足度
満足度★★★★☆
満点ではない理由はときどき改訂、また新しく作り直して欲しいため

詳しいことは『WEB魚図鑑』へ
http://fishing-forum.org/zukan/index.htm
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 16:56| Comment(0) | TrackBack(1) | 図鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

『北の貝の仲間たち』 樋口滋雄著

 貝の収集家にとって北の貝というのは魅力に欠けるのだろうか? その書物は少なく、地味な貝が多いためにしっかりした同定をへた画像自体を見る機会がほとんどない。そのために食用の、市場で毎日のように目にするエゾバイ科(つぶ)の同定すら、四苦八苦して図鑑各種とにらめっこしている状態なのだ。
 我が家での「北の貝」同定には学研の生物図鑑「貝」、東海大学出版会の「日本近海産貝類図鑑」、そのた数冊を並べて行う。でも総ての画像を見て解説を読んでも、結局同定に至らないことが多いのである。
 そんなときに頼りになるのが本書である。紛らわしい種に対しては4、5点の写真が掲載され、その産地が明記されている。これを既製の図鑑の矛盾点と見比べることにより多くの発見があり、また過去に疑問符を残していた種の画像を整理することが可能となっている。
 特に素晴らしいのが近縁種の取り扱いである。例えばエゾバイ属のヒモマキバイ、オオカラフトバイ、シライトマキバイ、イジケシライトマキバイ、クビレバイなどは複数の画像が見比べられるように並んでいる。「日本近海産貝類図鑑」でも他の多くの図鑑でも見ることの出来ないエゾボラ属のウスムラサキエゾボラ、フジイロエゾボラ、ウネエゾボラの画像も必見である。
 また面白いことにはエゾバイ科の地味とも言える貝殻が、本書を紐解くと形の多様性からか収集家をして「深みに落ちる」魅力を秘めているのを感じてしまう。でもこの「北の貝の深み」は、なかなか底が見えそうにない。
 軟体類の専門家に「貝の同定能力を高めたい」と相談すると、予め打ち合わせたように「多くの貝殻を見て経験を積むことです」と答えが返ってくる。その「多くの経験」を本書は「させてくれる」ものである。食に関して貝と接する身にも、もちろん貝の収集家の方にも価値の高い図鑑といえる。
 本書は長い年月をかけて、収集した「北の貝」を、長い年月をかけて同定整理、また撮影してこられた樋口滋雄さんの成果である。これを図鑑の形で見ることが出来るということにも感謝したい。
この本の満足度
満足度★★★★
ひとつ★が欠けるのはもっと詳しい解説を望むため。
次回には解説文だけの本を作っていただきたい

本書は定価10000円
鳥羽水族館もしくは樋口滋雄さんにメールにて注文
メール
shigeo_higuchi@meiji.co.jp

kitakai0706.jpg
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 18:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 図鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

『カレーライスの誕生』小菅桂子 講談社選書メチエ1500円

KARERERE0720.jpg

 初めてカレーライスを食べたときのことは今でも覚えている。それは自宅ではなく、子守さん(ボクは母親が病弱だったので)の家だった。たぶん肉と野菜を炒め、水を入れて水溶きの小麦粉とカレー粉を溶くというもっとも基本的な作り方のカレー。今でもその黄色いルーとご飯のコントラストが目に浮かぶ。その衝撃は辛さからくるものだった。あまりにも辛くて、そのときに一緒に食べた友達(今でも友達だ)とともにお砂糖をなめて、押入に隠れ込んだのを覚えている。
 そのカレーはイギリスの初代ベンガル総督が1770年に本国に持ち帰ったことから、インドでのただの「料理」から「カレー」へと名を変える。ちなみに「カレー」というのはインドでは特別にこれといった料理を差すのではないという。それから初めてカレー粉を製造したC&B。それが明治維新とともに我が国に到来。カレーという料理も明治初期から作られ始めるのだ。
 その初めてのカレーを作り出すまでに玉ねぎ、小麦粉、西洋ニンジン(今われわれが普通に食べているもの)などを国内で生産する。またカレー粉の国産での製造などかずかずのカレー史のステージがあることがわかる。
 またもっとも興味深いのはカレーがどうして我が国にこれだけ早く受け入れられたのだろうか? という点。これにはそれまでの食事がご飯の他に出汁をとる。お菜(おかず)を作る。漬物を漬け切るなどの幾多の作業を必要としていたこと。これに対してカレーはひとつの鍋で炒める、煮るなどが完了する。また出来上がってもご飯にのせるだけなど、従来の食事と比べて非常に簡便であった。それで急速に広まったのであるというのも食の歴史を考える上でも興味深い。
 そしてその広がりのなかで様々な材料がカレーに使われてくる。ほっき(ウバガイ)、ホタテガイ、マスにイワシなど、獣肉だけでなく島国日本ならではの材料が使われるのだ。
 他にも新宿中村屋の「インドカレー」、阪急百貨店の大食堂の「カレーライス」、カレーパンや「カレーと福神漬け」の話など盛りだくさんすぎて、しかも読んで面白過ぎるので、ある意味こまった本でもある。

本の満足度。5★満点で
★★★★☆
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 12:47| Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史・風土・民俗学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『食の昭和史』白井貞著 つくばね叢書 1900円

SHOKUNOHOUWASI.jpg

 中学、高校と日本史で習うのはせいぜい明治期まで、意外に知らない領域が昭和の歴史なのだ。平安、奈良などと違い、自分自身が生きて、そしてまだまだ庶民の生活に関する実体験や資料が数知れず、当たり前だが残っている。その昭和をボクは知らないのだ。
 本書の著者である白井貞(敬称略とさせてもらう)は大正12年生まれである。この1923年は関東大震災の年。そして昭和元年には著者の物心つく時期とも重なるのである。昭和16年、大妻技芸学校(多分今の大妻女子大)家政学部を卒業して、労研(労働科学研究所 この研究所で思い浮かぶのが“労研饅頭”だけというのが恥ずかしい)に就職。戦中戦後の食糧難のとき、また復興期、そして現代にわたって栄養調査をし、そして管理栄養士として常に一線で活躍されてきた。
 その企業での栄養士としての献立や、また当時の食糧事情などが綿密に書かれている。面白いのは戦中の外食券食堂、雑炊食堂などの現在の大衆食堂の起源ともいうべきものの調査。そこで食べられていた料理の材料。また新潟の企業での献立や、また二本木という土地での名物が「どじょうの蒲焼き」であったこと。また当時のクジラの利用なども非常に興味深いのである。
 さて魚貝類を調べているのでついつい興味のあるところだけを書き上げたが、ここには昭和を、またいちばん苦しい時代を生き抜いた女性の歴史が見えてくる。これだけでも読む価値大。

この本の満足度。5★満点で
★★★★

つくばね舎
http://www1.ttcn.ne.jp/~tukubanesya/
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・風土・民俗学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

ため息、吐息

 久しぶりに風邪に伏せっている。なにも出来ない状態にあって、あせりにあせっているのだ。
 ここ数日変だった。なにをやってもうまくいかない。集中力がない。それで体温計を取りだしてみたら37度代後半といったところ。平熱が35度前後なので、熱が高い状態なのかも知れない。とにかく気だるく、喉が腫れて咳が止まらない。
 だいたい去年から今年にかけて体調が変なのである。暮れと、年明けに左目がまっかに出血してしまって、左目も一度だけ出血。それでも決して体調が悪いわけではないので、動き回っていたのだ。でも今回の風邪はなさけないが辛い。
 その上、世間を見回すにろくな事がない。防衛庁が省に昇格していいんだろうか? 美しい日本を破壊してきた党が「美しい日本」なんて恥ずかしげもなく言ってくれている。ろくな事を言わない無機質な安倍晋三という人は正気なんだろうか? ボクが見るところただの戦争大好き人間に思える。コヤツの時代から社会が右傾化、戦闘的な国になってしまうんじゃないだろうか?
 右でもなく左でもなく「自然保護」「リベラル」であることを守りたい身にはこんなヤツを首相にする国民は大丈夫なんだろうかと思う。
 そこに長野県でのダム計画の再開。あまりにも愚かではないか? やっぱり今回の村井という知事は徹底的に長野の自然を破壊したいのではないだろうか。間違いなく治水、防災なら林野庁と国土交通省が一緒にならないと出来るわけがない。ダムじゃなくて森の再生が先だろう。そうしないとどんどん国土も美しい日本もなくなってしまう。この場合、けっして今の利権が失われるわけじゃないだろう? 土建屋さん。
 最近報道されないが伊勢崎市では福祉などを切り捨てて市長が巨大な観覧車を作っているんだという。ここで気になるのはこんなお猿さんでも愚かしいと目を覆いたくなるような事業を市議会が大賛成だということ。こんな状況を見ると地方を見捨てる国の気持ちが理解できそうになるから不思議だ。ボクには群馬県には尊敬できる人が過去にも現在にも多いのである。大丈夫だろうか? 伊勢崎市さん。ボクは団塊の世代には、このような情けない政治家を駆逐する原動力になって欲しい。
 また共産党、社会民主党が破廉恥でバカに思えるのはボクだけだろうか? 柳澤厚生労働大臣の発言は本音が出ているのであって、少子化担当には不的確だろう。だいたい(だいたいが多すぎるな)旧態依然の原始人のような男が現代の日本を背負えるはずがない。そんな愚かな現状に「ぎゃーぎゃー」ほざいてなんになる。一度聞きたいと思っているのだが社会民主党は自然保護に感心があるんだろうか? そんなこと一度も聞いたことがない。労働者の身方は自然破壊にも賛成だと思えてならない。また基本的に国民が怒りを感じている汚職や天下りに反対なんだろうか? それすらもわからない。正義の味方なら徹底的に正義を通して欲しい。
 世の中、どうなっているんだろう。地方が疲弊して中央だけが潤っている。大きな町でも小さな町でも個人商店に後継者がいない。漁師にもいない。農家にもいない。築地の仲卸は見殺しにされそうだ。大きな公共事業は行われて、細やかな事業はなされない。
 ぼうずコンニャクは深海に棲息する。その深海すら平穏ではないのである。
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 文読みて本音を吐露す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月31日

『季刊 里海』創刊号2100円(編集発行・まな出版企画、発売・れんが書房新社)

kikansatoumi0701.jpg

 季刊誌と言うことで雑誌の形はとっているが充分に単行本一冊の価値がある。“里海”という概念は「海(自然)はけっして漁師だけのものでも国や自治体だけのものでもなく、そこで暮らす、また多くの人と共有守っていく場所である」とする原則をしっかり見据えて作られた本である。
 ここに登場するのは漁師の側から我々一般人にも“里海”に来ませんかという運動をしている『盤州里海の会』。ここでは木更津の現役漁師が「海で生きると言うこと」、「また海を守ると言うこと」、そして「今の東京湾の現状」をけっして現在を否定することなく多くの人に知らしめようとしている。例えば会の目下の目標である「アサクサノリの復活」にかける意気込み、また小櫃川河口に広がる盤州の現状。その活動が非常に丹念にこの雑誌には綴られているのである。
 別項の多摩川河口でのアサクサノリの発見者菊地則雄先生のページもとても興味深いものだ。そこに明治42年刊、岡本金太郎の稀覯本『浅草海苔』などを連載載録している。この価値は計り知れないだろう。
 また、日本各地での海を巡る開発問題にも特集その2で多くの紙面が割かれている。ここにある諸問題は我々一般人にも避けては通れないことであるのは、この特集でまざまざと見えてくる。
 さて、この内容濃いページをめくった最後、グラビアページに懐かしい顔がある。利根川河口小見川町(現香取市)の『うなせん』菅谷敏夫さんである。菅谷さんは利根川の下りウナギを名人芸で焼き上げる千葉県でも屈指のうなぎ職人である。その「ぼっか」と言われる大ウナギの味わいは天下一品。また冬季の野鴨など利根川はいまだに美味の宝庫であるのがこのページからもわかるはずである。

まな出版企画
http://www.manabook.jp/
『盤州里海の会』
http://www.satoumi.net/

この本の満足度、また次回を買いたいと思ってしまったので
★★★★
と満点に近い
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 11:36| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

『だもんで静岡おでん』新井由己(静岡新聞社)1000円

 この新井由己さんというのは『とことんおでん紀行』という原チャリで北海道から沖縄まで「おでんを食べて縦断する」という本を書いた人。それだけでも期待するところ大なのだが、今回のは少々もの足りない。たしかに出汁の基本が牛肉にあること。具の黒はんぺん、なると、など静岡ならではの練り物の歴史や、静岡のおでんの特異性など得ることは少なくない。でも情報量として一冊の本を作るには少なすぎる気がしてならない。
 また、この本にはおでん材料としてのイルカのことが抜けているのだ。たぶんほんの大阪万博あたりまでイルカのおでんは珍しいものではなかっただろう。まだまだ牛肉が高級だった頃、ひょっとしたら出汁の基本はイルカの脂身だった可能性だってある。
 大浜公園、草薙球状、おでん横町、地元受けすることが多すぎるのもなんだか嫌な感じ。できれば静岡県人以外にも楽しめるネタが欲しかったな。ということでネットで本を買う怖さを思い知ることになった。
この本のボクの満足度は★★☆と少々不満足。

damone0701.jpg
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 食の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

『船場道修町 薬・商い・学の町』三島祐一(人文書院)1854円

senba.jpg

 道修町(どしょうまち)と言えば薬の町。薬を商う商店が軒を並べ、そこから武田製薬、田辺製薬、塩野義製薬などが今に残る。そこにあった様々な人生が非常にテンポの良い語り口で述べられる。またそこでは古い大阪、商家の暮らし、文化が戦後まで残されていたのだ。本書はそんな薬の町の歴史と暮らしを道修町を生地とする著者が愛情をこめて描いている。
 帰郷するときに立ち寄る大阪難波(南海電車の始発)、中央市場のある野田、そして鶴橋などは大阪でも馴染みのある場所。そんななかでどうしても近寄りがたいのが船場、道修町あたりである。今では完全にオフィス街であり、なんだか硬質なイメージを受ける。その近寄りがたさを取り去ってくれたのがこの本である。
 大阪では魚市場、海産物を取り扱うところを雑喉場と呼ぶ。道修町の東側、天満に古くからの魚市場があったこと。また石山本願寺の支配から豊臣秀吉の時代になって最初に雑喉場となったのが靫。これは道修町の西に当たる。その真ん中にあった町が雑喉場の移転とともに薬の町に変貌していく。後には薬を扱うに「道修町に店を持つ」のが最大の立身とされるようになるのである。
 考えてみると江戸時代には大阪への人の流れを規制していたのである。そのために地方から出てくるととりあえず居を構えるのが野田、または福島あたりであったという。そこから堂島川、土佐堀川をわたり船場に至る立身というドラマが明治期まであった。ボクの子供の頃に人気があったのが「番頭はんと丁稚どん」。この世界そのままが道修町にはあったのである。またその商家の暮らしに船場汁、魚島などの食文化があったわけで、このあたりを調べるにも貴重な手がかりとなる。
 この本、水産物を調べるにあまり関わりがあるとは思えない。ところが最近、魚の利用や価値観を考えるに街の歴史がいかに重要かというのに気づいたのだ。また本書は読み物としての面白さも兼ね備えている。たぶん読み始めるとついつい止まらなくなるはずだ。
この本のボクの満足度は★★★★。面白い!
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 08:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史・風土・民俗学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月04日

『くりさんの水産雑学コラム100』栗原伸夫(まな出版企画・れんが書房社)3000円

kurisa0612.jpg

 くりさん、栗原伸夫さんとは一度だけお会いしたことがある。外見からはいかにも紳士然としてボクのようながさつなヤカラには近寄りがたい雰囲気も感じられたが、この本を読んでこの誤解が氷解した。この雑学とはにかみを含み世に出された100扁の章に、ただの蘊蓄ではなく、むしろ人生を語るような深みを感じたのだ。
 この100扁の文章には文献からだけではけっして生み出せない。そこに栗原さんの水産学人生が深く反映しているというわけだ。これを「雑学」とするのは著者の持つ心憎いアイロニーであることは間違いない。
 この100扁をすべてあげることは出来ないのだが、そのいかにも栗原さんならではの章は「十和田湖のヒメマス」ではないかと思う。この書き出しに彼の伝説の人を「和井内さん」と書きだしている。なぜ「和井内さん」と「さん」がつくのかは読むほどに判明する。この快挙を成し遂げた十和田湖での事業を東京水産大学(現海洋大学)の学生であった著者は今で言うアルバイトとはいえ実見しているのだ。この時代の内水面での養殖の意味合いも著者は身をもって知っているわけで、当然伝説の和井内貞行に会っていなくても無意識に「さん」がついてしまう。
 この水産学のコラムの良さはそれだけではない。「芦ノ湖のブラックバス」、「第5福竜丸の生涯」、ついつい知ってるつもりで、曖昧な史実、項目が的確に抑えられている。この分厚い本は我がかたわらにいつも置いておきたいものである。
この本のボクの満足度は★★★★と満点にちかい。
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 水産魚貝類の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『とんかつの誕生』(岡田哲 講談社メチエ)1600円

tonkatu0612.jpg

 タイトルから「とんかつ」の本であると思うのは早計である。幕末から西欧の文化が洪水のごとく押し寄せてきて、それを短時間で受け入れるというところに幾多の多方面での混乱とドラマが生まれる。明治天皇までかり出しての肉食の普及運動。ウスターソース、またパン、またキャベツなど「とんかつ」に欠かせぬ素材の国産化、また改良。そこで明らかに食の多様化が生まれるのだが、それが簡潔にかわりやすく綴られている。その先に「とんかつ」があるのだ。すなわちここには西洋と和が作り出す洋食の歴史が語られている。
 またボクなど肥満体になり、高血圧で危険な身になりながらもやめられない「とんかつ」の誕生が、西欧と和の混沌の中で生み出されているという結論がでてくる。
 明治28年東京銀座の「煉瓦亭」が生み出した豚肉のカツレツから、昭和4年の今まさにあるような「とんかつ」を生み出した上野の「ポンチ軒」(この店名に小津安二郎の世界がある)。そこにいたる明治以来の食の混合を一枚のロースカツに感じながら、ボクなどより肥満体への道を進むのである。
 ボクの本の満足度は★★★★と満点に近い。
posted by ぼうずコンニャクの乱読ガイド at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 食の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。